2011年06月06日

気仙沼を訪れて思ったこと。

【文】助産師・南部洋子(とらうべ代表)

5月末に、宮城県気仙沼市に行ってきました。私が所属している東京青山ロータリークラブ(RC)の活動で、壊滅的な被害を受けた現地に支援物資を届けるのがミッションです。ロータリークラブというのは、自分の職業を生かして地域や世界に奉仕していくことを目指すクラブ組織で、世界に約3万4000のクラブがあります。青山RCの名誉会員には現在の目黒区長・青木英二さんも名前を連ねていますが、目黒区と気仙沼市は長年にわたる市民交流があり、去年、友好都市になったばかり。それは「サンマ」が取り持ってくれた絆が実を結んだものでした。
目黒と言えば「目黒のさんま」という落語が有名ですが、この落語にちなんで毎年9月に開催される「目黒のさんま祭り」に、気仙沼市が15年間も無料でサンマを届けてくれているのです。サンマだけなく漁師さんも駆けつけてくれて、その場で焼いたサンマが無料で振る舞われるという、行列覚悟の楽しいイベントです。
毎年のお祭りを一緒に育ててきた気仙沼市へ支援の気持ちを伝えようと、青木区長は震災直後から気仙沼市長と連絡を取り合い、その時々に必要な物資を届けています。3月、4月はまだ寒い時期だったので毛布や石油ストーブ、今は市役所に目黒区職員を貸し出して、行政を支援しているということです。
当日、東京を出発したのは午前5時。お米500s、カップラーメン類25ケースをワゴン車一杯に詰め込んで、一路、気仙沼を目指します。高速道路も、事前に申請しておけば、用紙を見せるだけで無料になります。昼前に気仙沼市役所へ到着しましたが、車を降りたとたん異臭が…。この臭いは、いったい何??!! 市役所の隣に魚の冷凍所があるのですが、震災の被害で機能しないため、冷凍魚が腐ってきている臭いだったのです。5月末現在、まだ3800人の方が避難所生活をされているとのこと。数か月経っても食糧、特に野菜類が足りていないとの報告を受けました。支援物資の保管場所になっている青果市場は、野菜も果物もなくガランとしています。感謝されつつ、ワゴン車から物資を下ろし、今度は海岸線へと向かいます。
市内から続く海岸はまだ活気があるので、「テレビや新聞で報道されているほどひどくはないかも」「マスコミはひどいところばかり映すのね」などと話しながら、南三陸町を目指して車を走らせることにしました。途中、通行止めがありましたが、あえて通ってみると…。景色は一変。そこからは、色のない世界が広がっていました。視界に入るのは、がれきの山また山。海岸線に沿って走っていくと上り坂があり、「ここまで津波が襲ってきました!」とまるで線が引いてあるように、そこから上は、緑がありつつじが咲いているのです。坂を下ると、また色のない世界が出現して、そのような情景がいつまでもいつまでも続いています…。
キャタピラーやトラックが何か作業をしているようでしたが、広大な砂漠の中でダイヤモンドでも探しているような感じがしました。いったい、この状態をどうやって復興させるのだろう。途方もない道のりを想像して、同乗者は全員、無口になってしまいました。
自然の猛威が、自然をいちばん大切にしている人たちに襲いかかっていったのです。私たち東京に住むもの、日本人、そして地球人は、自然の摂理に反する行為をしていないでしょうか。自然からの「警鐘」と言うには、あまりにも大きな代償を東北の方たちに負わせてしまったのではないでしょうか。本当に胸が痛い気持ちでいっぱいになり、東京への帰路につきました。
気仙沼.bmp
家も車も、根こそぎ破壊されて「がれき」の山になっています。

気仙沼2.bmp
海岸線に沿って、延々と色のない世界が続きます。

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posted by とらうべスタッフ at 17:57| Comment(1) | その他